制御工学ブログ

制御工学の研究者を20年やっている国立大学教員が制御工学の基礎から専門まで広く説明します。記事内では、動画やMATLABコードを交えながらわかりやすく解説します。伝達関数・状態方程式に基づく制御,制御理論など。制御工学チャンネル(YouTube,動画ポータル)を運営しています。

長い研究者生活で、論文を数十篇書いていく上で重要なこと(工学系研究者)

本記事はnoteに記載した記事に加筆修正を加えたものです。

2023/12/31

2024/5/23 追記

2025/4/20 一部修正

10年スパンでの論文執筆の考え方

研究者として生活していく上で、学術論文は1本でOKというわけにはいかず、分野ごとで数字の大小はあるでしょうが、数十本オーダーで書いていくことになります。学術論文1本を書く上での心得みたいなものは様々な記事がありますが、なかなか十年単位の話はないので書いてみようと思いました。ここでは、制御工学の研究を博士の3年間、国立大学の教員16年間行ってきた中での複数論文を書いていく実体験を中心に、10年スパンでの研究論文の書き方やコツを紹介したいと思います。

ちなみに、LaTeXによる論文執筆の記事も書いていますのでこちらもよかったらご覧ください。

著者の実績

私の研究業績は、博士学生も含めた21年間で論文数80本です。年平均で3.5本であり、ペースとしては制御工学分野内(理論系)ではハイペースな方かと思います。特に筆頭で自身で書き進めることが多いです。筆頭論文は現時点で49本あります。

Control Engineering LAB

(1) 制御工学チャンネル【H.Okajima】 - YouTube

単体の論文の書き方については、リンクの動画でまとめていますが、本題から外れますので紹介にとどめます。動画はこちら↓

ここでは、「研究スタンス」、「研究テーマ数」、「研究室所属学生との関わり」、「論文一本のストーリー」、「10年後の業績目処」に分けて説明をしていきます。

論文執筆時の研究者スタンス

10年スパンで研究を進めていく上で、どういうスタンスで行くかは重要です。教育重視、研究重視どちらがよいかは人それぞれでしょう。私の場合は研究がしたくて博士に進んだのもあってこれまで常に研究を重視しています。
研究と教育、それぞれの位置づけですが、これはそれぞれの置かれる立場や年齢に大きく依存すると思います。教育、研究のどちらをどれくらい重視するにせよ、重視していない方もある程度やらなければいけません。教育は学生への講義や実験、研究室に配属された学生への指導ということになります。
教育を重視する場合は「教育」の最大化を目的とし、「研究」は制約条件になりますし、研究を重視する場合「教育」を制約条件として「研究」の最大化を目的に立ち振る舞いを考えることになります。制約条件を満たす上でどのような効率化ができるかを考え、「教育」、「研究」双方に何をすることが効果的であるかは日々考えていくことになります。制約条件を実質的に緩めることになれば、結果として目的としている効果の実現につながります。
(YouTubeチャンネルに制御工学の動画をアップしているのも、自分の教育負荷の低減に繋がる。もしくは、大した努力なしに教育効果を上げることに繋がっているはずです。この意味で教育の制約条件を下げて研究へのリソースを割きやすくなります。)

同時並行で進める研究のテーマ数

例年、同時並行して進めている研究テーマ数は5本~10本になります。このうち、その年度に芽が出るものもあれば、数年間芽が出ないもの、ボツになるものもあります。面白そうな研究テーマやアイディアが浮かんだとき、まず、それに関するフォルダを1つ作成し、学術論文のtexフォーマット(制御工学では論文は主にLaTeXを使って執筆します)にそのアイディアを書いておきます。これを膨らませていくことができれば学術論文になりますし、膨らまない場合はアイディアのままとどまり続けることになります。
運がいいときは、1つのフォルダに文章を書いていくうちに、テーマが膨らんで複数の論文群が構成されることもありますので、アイディアの文章化は思いついたタイミングでやっておくと意外と後々役に立ちます。

また、テーマのジャンルですが、制御分野の中でも結構色々とやっています。メインテーマは、MEC(システムのロバスト化)と、量子化制御ビークル制御になりますが、他にも熊本城の石垣マッチングの研究や、外れ値の影響を除去する状態推定機構、仮想カメラワークの研究、非最小位相系の最適性能の解析など、これまで実施し論文化したテーマジャンルは色々とあります。

研究者としての大学生・大学院生との関わり方

学生とは、「共同研究者」としての位置づけと、「指導学生」としての位置づけの2つを意識しています。また、研究テーマは学生が考えるのではなく、私が考えたものの中から学生が選ぶというケースがほとんどになっています。研究室によっては、テーマは学生自身が決めるというケースもあり、この方法のメリットもあるとは思いますが、私のケースではテーマ群は事前設定します。
テーマを予め与えることにより、研究目的や研究の意義をFIXした上で学生は研究を進めることになりますので、比較的スムーズに卒論や修論を書けることになります。その上で、論文の共著者としての役割を果たす(果たせる)レベルまで修士の学生を持ち上げていくことを目標にしています。
(学生の意欲が高くテーマとの相性が良い場合は、修士卒業時点で複数論文に著者として連ねるケースもありえます。)

論文一本単位でのストーリーの作り方

「論文1本で完璧なものをまとめる」というのも学術論文を書く上で重要な考え方と思いますが、どうしても学術論文にはページ数の制約がありますし、一人の読者が1本の論文を読んで、頭に入る内容には限界があります。そのため、論文1本ごとに目的とゴールを明確化し、多くを詰め込まない意識も重要と考えています。論文を1本書いて、その関連論文を書いていけば、論文群として一つのテーマ性を持った研究の開拓ができていくため、結果的に、良い研究を行っていけるのではないか?と思っています。

10年単位での業績目処

現在、44歳ですが、40歳で学術論文40本という目標を立てて研究をしてきました。それを分解すると、博士取得後は、各年3~4本通ればOKということになります。研究の進捗には好不調の波がありますので、順調に行ってるときは2カ月で1本投稿し、投稿中論文が3~5本あるという状況を続けていました。分野や研究の種類で実現できる論文数はまちまちでしょうが、10年後、1年後、2カ月後の進捗計画を立てておけば比較的うまくいくものと思います。

どのくらいの論文数が一般的かは、分野で様々ですし、研究者ごとのスタンスで違いますので、関連記事を以下に置いておきます。

被引用や論文数が少ない分野の研究者は、他の研究分野に対してどういうポジトークをすればよいのか? - 制御工学ブログ

 

研究者としてのスタンスと現在の状況

研究の本質は論文の数ではなく、内容ですが、それだけでは生き残れない時代になってるようです。大学の公募は複数の別分野の人が横並びで争うことになっています。これまで、仮に、目の前の研究だけに打ち込んで進めていくスタンスだったとしたら、ここまで順調に論文を書けなかったと思っています。

10年スパンでの論文執筆の記事に関するあとがき

研究論文を書くこと。これは、研究者として必要不可欠であり、後学の研究進展のために重要でありますが、2025年現時点でかなり、社会的に論文を書くことが重要視されすぎている気がしますし、同様のことを思っている人はたくさんいます。「研究をすること」と「論文を書くこと」は近くもあり遠くもあります。

近年は、文科省等の上部組織や研究者が「論文数」、「論文の被引用数」、「インパクトファクターなど、数字にとらわれすぎていて、その中で過ごす研究者としてはどうしてもこれらを意識して立ち回る必要に迫られます。30年前(私が学生だった頃の教授陣)は人生の中でもっとゆるやかに「良い研究」を目指せていたのではないかと思います。教育や会議の負担も少なかったでしょう。(昔の人は楽だったと言いたいわけでなく、当時優秀な人が現代に放り込まれても優秀層であると思いますし、私にはわからない別の苦労をしている時代とも思います。)

一方、「論文数等に捉われすぎている」といっても、その現状の社会の流れには抗えないので、「論文数」等の自分のキャリア形成で必要な制約を満たしつつ、良い研究を行っていくより他に方法はないような気がしています。

論文数よりも論文の中身、引用数よりも引用の中身、雑誌のインパクトファクターより自分の貢献がより重要です。例えば「はじめに」における引用は、類似研究をしている研究者の多さ少なさを表す指標にすぎません。では、自分の研究者としての価値を測る指標があるかと言われれば特に思いつきません。

自分の書いた論文が数十年後に「はじめに」ではなく「本文の中」で引用されるような成果を残すことができれば、それは大成功と言えるような気がなんとなくしています。

最後に、大学の研究者にとって、研究を進めるだけでなく、表題の「論文執筆」や教育、研究費の獲得など様々なことが求められていますが、やれる範囲で頑張っていければよいと考えています。

ゴールポストは移動している

大学で研究室に配属され、博士学生として過ごしてきた際は、「論文数」の持つ意味について大ボスから言われていました。論文数を増やすことがポスト獲得につながると

それが、2010年ごろから(?)英語論文の重要性が言われるようになりました。インパクトファクターやh-indexなど数字で評価する面が出てきました。評価軸は各大学や各研究者で違います。また、その評価軸は時系列的に変化していきます。

2025年4月現在、アメリカの大学政策に変化の兆しが見られます。これまでアメリカの高等教育は学費の高騰とグローバル化を軸に拡大してきましたが、現在はこうした方針の負の側面に注目が集まり、政策の転換期を迎えているように思われます。この潮流の変化は、教育システムで多くの影響を受けてきた日本にも波及する可能性があるでしょう。

生成AIの発達により、言語の壁が低くなりつつあります。今後は日本語で書かれた論文が海外から引用される可能性も高まるでしょう(すでにその兆しはあります)。同時に、AIによる文章生成技術の向上は、「文章を書く」という行為自体の価値を変化させるかもしれません。これは学術論文が研究者評価の中心的指標である現状にも変革をもたらす可能性を示唆しています。

研究者評価の基準は常に変化し続けます。時代の流れとともに「ゴールポスト」がどこに移動していくのかを日常的に確認し、柔軟に対応していくことが今後ますます重要になるでしょう。

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自己紹介

岡島 寛 (熊本大学工学部情報電気工学科准教授)

制御工学の研究をしています。モデル誤差抑制補償器,状態推定,量子化制御など

研究室HP

岡島研究室(システム制御 control-theory.com)

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