制御工学ブログ / Control Engineering Blog

制御工学の基礎から専門まで、動画・MATLABコード付きで解説。20年以上の研究経験をもつ大学教員が運営。Control engineering tutorials, research articles, and MATLAB code by a university researcher. Topics: LMIs, state estimation, model error compensator, multirate systems, observer design.

9月1日付での教授昇任(研究の来歴と今後の方針)

2026年9月1日付で、熊本大学大学院先端科学研究部の教授に昇任しました。

2007年4月に助教として着任し、2015年1月に准教授に昇任、そして今回の昇任になります。 あわせて、工学部での担当学科が情報電気工学科から機械数理工学科に変わります。 職位としては昇任ですが、実質的には学科の異動を伴うものになります。

このブログでは「若い研究者へ」というカテゴリで、論文の書き方や研究者としての立ち回りについて書いてきました。今回の昇任は、そこで書いてきたことの一つの区切りにあたるので、報告だけで終わらせず、これまで何を研究してきたのか、そしてこれから何を研究しようとしているのかをまとめておきたいと思います。


「40歳で40本」というゴールポストと、その達成

以前、長い研究者生活で、論文を数十篇書いていく上で重要なことという記事の中で、「40歳で学術論文40本」という目標を立てて研究してきたことを書きました。この数字は指導教員(研究室のボス:池田先生)の当時受けた説明によるものです。

その記事にはその後、「ゴールポストは移動している」「移動したゴールポストの先にあるもの」という追記を重ねてきました。論文数、被引用数、インパクトファクターといった評価軸が時代とともに変わっていくこと、そして生成AIの登場によってさらに変わりつつあることを書いています。

教授昇任というのも、研究者にとってのゴールポストの一つではあります。ただ、当然ながらこれも最終的なゴールではなく、評価軸が移動し続ける中での一つの通過点です。株式市場で、上場ゴールという言葉があります。上場により創業者が一定の利益を得た後、経営陣がその後の意欲を持たずに期待されていた成長とは全く別の企業推移をするようなことを指します。今回の昇任を上場ゴールとしないように励み、さまざまなことに取り組んでいきたいと思います。

論文数について言えば、2026年8月現在で85本(うち筆頭52本)という数字になりました。ただ、これも以前の記事で書いたとおりで、論文数や被引用数といった指標は分野ごとに事情が大きく異なり、数字そのものにはあまり意味がないと考えています。

自分の書いた論文が数十年後に「はじめに」ではなく「本文の中」で引用されること。そちらの方がずっと価値があります。


これまで何を研究してきたか

制御工学の中でも、比較的いろいろなテーマに手を出してきました。ここでは主要なものを3つに絞って、何を解こうとしていたのかという観点で振り返ります。

モデル誤差抑制補償器(MEC)

制御系設計はモデルに基づいて行いますが、実際の制御対象とモデルの間にはギャップ・誤差があります。この誤差にどう対処するかは制御工学の中心的な問題の一つで、ロバスト制御という体系があります。一方で、現場には既に動いている制御系があります。モデル誤差により性能が劣化しうる場合、それぞれに対して誤差に基づいて設計し直すのは現実的ではありません。また、ロバスト制御の枠組みでは、モデル集合のために設計した結果としてノミナル性能を劣化させるというデメリットも存在します。

ここで考えたのが、既存の制御系には手を触れずに、後から付加するだけでロバスト性を与える補償器でした。これがモデル誤差抑制補償器(MEC: Model Error Compensator)です。MECでは、モデル誤差が発生しうるという前提に立っています。

MECの着想は、2自由度制御系の一つである条件付きフィードバックにあります。この条件付きフィードバック構造のうち、理想伝達関数を制御対象のモデルに置き換えた構造こそがMECになります。

MECは内部モデル制御(IMC)や外乱オブザーバ、2自由度制御と思想的に関係があり、その比較については別記事にまとめています。また、非最小位相系や非線形系への拡張も行ってきました。逆モデルを利用しないという特徴が、広い拡張性に繋がっています。

ありがたいことに、国内外の他のグループでもMECを使った研究が行われています。クアッドコプタ、遠隔操作、水中ロボット、パワーエレクトロニクスなど、私自身が想定していなかった応用に広がっています。MECの枠組み自体は有用と考えており、まだまだ研究や実装で広がっていく余地があると思っていますので、今後も色々と研究・広報していきたいところです。

量子化制御・動的量子化器

制御信号がディジタル的に離散化される、あるいはアクチュエータがオンオフしかできないといった状況で、量子化によって生じる誤差をどう扱うか。動的量子化器は、量子化誤差の影響を制御系の性能劣化として陽に評価し、それを最小化するように量子化器そのものを設計するという考え方です。その中でも特に、通信量制約の問題として量子化問題を取り扱い、量子化器設計論を構築してきました。

この研究を始めたきっかけは、2006年、京都大学の東先生(および南先生、当時学生)の講演にあります。制御理論シンポジウムで東先生の講演、南先生の講演が連続し、非常に盛況なセッションだったことを覚えています。最適解が解析的な表現として与えられるという綺麗な結果でありました。その後、ハーフトーン画像など様々なテーマに取り組まれています。

私自身は、2008年にシステム制御情報学会論文誌にてショートペーパーが掲載され、通信制約を満たす量子化幅の解析や量子化器設計、プレフィルタを用いたSN改善などのテーマに取り組んでいます。DLPプロジェクタのPWM設計に関する研究も進めました。解説記事や共著論文などの形で南先生とはいくつか一緒に仕事をしています。

マルチレートシステムの計測・制御・モデリング

近年は、マルチレートシステムやそれを含む周期時変システムなどの研究に興味を持って手を付けています。センサとアクチュエータの動作周期が異なる、あるいは複数のセンサがそれぞれ異なる周期で観測を返す。実システムではむしろこちらが一般的です。このようなマルチレート系では通常の制御の枠組みがそのまま使えなくなります。

こうした系は周期時変系として扱えます。これに対して、cyclic reformulation を用いて、マルチレート系のオブザーバベース制御器設計や、マルチレートカルマンフィルタのLMIによる設計単一実験からポリトープを構成するシステム同定などに取り組んでいます。

このほか、外れ値の影響を受けにくい状態推定機構、非最小位相系の解析解導出、ビークル制御(経路追従など)、仮想カメラワークに取り組んできました。


熊本での研究と生活

2007年に熊本大学に着任してから19年をここで過ごしました。

熊本大学には公募で来ました。応募したあと、IECON(フランス)でたまたま同じホテルに泊まっており、朝食会場で公募元の教授である川路先生とお会いしたのがご縁になりました。着任先は川路・松永研で、企業出身の松永先生とともに、色々と研究を進めていきました。

2026年7月28日、熊本で震度7の地震がありました(令和8年熊本地震)。現在も復興の途上にあります。その10年前、2016年にも熊本は震度7の地震に見舞われており(平成28年熊本地震)、このときは熊本大学にも対策本部が置かれるほどの被害がありました。これをトリガーとして、地震に関わるテーマをいくつか進めてきました。

一つは、上瀧先生が主導で進めた石垣のマッチングです。熊本城は重要文化財であり、石垣を元の場所に戻すという修復が必要でした。しかし、石にラベルがついているわけではないため、どの石がどこに積まれるべきかは自明ではありません。それを、過去の写真と形状マッチング、サイズマッチングなどを利用して照合する手法の研究をしました。人手とAI技術の組み合わせで、短期間で多くの石の照合につながるような技術を開発しました。研究成果はなんとか論文化しています。

また、子供が0歳の中で停電生活を送ったことから、避難所の重要性を肌で感じました。このことから、制御の研究者として何かできないかと考え、避難者数推移予測モデルの研究を進めています。これは現在もテーマとしては細々と進めています。避難所避難者と潜在的な避難者を陽に分けた数理モデルを構築している点が、今後の防災につながる考え方だと思っています。論文1論文2

熊本で19年過ごし、そのまま熊本大学に残るわけですが、生活の利便性が良いと個人的に考えてます。大学から市の中心部まで徒歩で行けますし、いろんな場所にあまり時間をかけずに行けます。いろんな大学に学会などで行っていますが、大学教員という立場でいる分には恵まれた場所だと思います。

共同研究を実施する場合、日本国内における地理的な不便さという問題が生じますが、これは、発展してきたオンラインミーティングツールでうまく対応できています。ほとんどメールやSLACK等のやりとりで共著論文を書いてきています。


目的関数と制約条件が変わる

以前の記事で、研究と教育の関係についてこう書きました。教育を重視する場合は「教育」を目的とし「研究」が制約条件になる、研究を重視する場合は「教育」を制約条件として「研究」の最大化を目的とする、と。

制御屋らしい書き方だと自分でも思いますが、これはわりと本気の定式化です。制約条件を満たしつつ目的関数を最大化する。制約が厳しければ、制約そのものを緩める工夫をする。YouTubeで制御工学の動画を公開しているのも、もともとは自分の教育負荷を下げて研究にリソースを回すためという側面がありました。

教授になると、この最適化問題の形が変わるかもしれません。(まだわかりません。)やはり、学科が変わるため、作法が変わるでしょうし、学生の雰囲気も変わるかもしれません。やれる範囲で工夫していきます。


これから何を研究するか

生成AI時代に、何が研究者の仕事になるか

先の記事の追記で書いたことを、もう少し展開します。生成AIは解法を提案してくれます。しかしそれは既知の知識の範囲での内挿であり、一人の人間が行う内挿よりずっと広範囲だとしても、内挿は内挿です。

一方、課題感から生まれる問題設定は、その時点で誰も解いていない問いなので、外挿が必須になります。良い問題を立てられれば、それを解く手段はかつてないほど充実していますので、これからの研究者の中心的な仕事は「解く」ことより「問いを立てる」ことに寄っていくはずです。

そして、これは私自身の研究室のやり方を見直さねばならない話でもあります。以前書いたとおり、私の研究室では研究テーマは私が用意したものの中から学生が選ぶという形をとってきました。研究目的と意義をFIXした状態で渡せば、学生は比較的スムーズに卒論・修論を書けますし、修士のうちに共著者としての役割を果たせるところまで持ち上げやすい。これは、限られた在学期間という制約の下では合理的な方式だと考えてきました。

しかし、先に書いたことをそのまま適用すると、この方式は学生に「解く」側だけを担わせることになります。そして「解く」側は、これから相対的に価値が下がっていく可能性が高い。問題設定という、いちばん外挿を要する部分を私が引き受けてしまっているわけです。これを踏まえると、学生自身に問いを立てさせる方向へ、少しずつ重心を移すことを考える必要があります。(方針を変えていくのは難しいですが。。。)

企業との研究

これまで、いくつかの共同研究・学術コンサルティングを引き受けて実施してきました。熊本という地理的不利な中でも、オンラインミーティングツールを活用して進めてきています。世の中の役に立つ研究を理論研究と並行して今後も進めていければと思っています。ありがたいことに、モデル誤差抑制補償器は多くの企業の方に興味を持っていただいており、今進めているマルチレート系の制御手法も含めてうまくアピールしていきたいところです。また、私の研究の強みは研究の幅広さと、それに伴う一つの手法に固執しない姿勢であり、共同研究の上ではベストの選択を提示してWin・Winの関係を作っていきたいと考えています。


教育

情報電気工学科(旧:情報電気電子工学科)では、2007年の初年度から実験を担当しています。SPICEという電気回路シミュレータを利用して回路シミュレーションをする内容で、専門外ですが20年間担当しました。創造実験(制御の実験)は旧名称から18年担当し、その中でライントレースや倒立振子を実験に導入しています。

講義に関しては10年ほど、電気回路と制御工学の科目担当をし、毎年それぞれ150名ほど受講しているため、延べ3000名の試験を採点してきたことになります。スライドを使った講義から、板書併用の講義にシフトして現在に至ります。2024年度と2025年度は両科目でティーチングアワードを受賞し、色々と取り組んできたものが実ってきた感はありました。機械数理工学科ではゼロから講義を作っていくことになりますが、過去の経験を活かせる部分は活かしつつ新たな施策に取り組んでいければと思います。


制御工学チャンネルとブログについて

YouTubeの制御工学チャンネルは登録者11,000名、動画ポータルサイトは500本以上の動画を掲載しています。このブログも含めて、これらは今後も継続します。よりよい発展につながるように取り組めればと思っています。


おわりに

色々な方と関わってここまでこれました。阪大の恩師や同期・先輩後輩、松永先生、川路先生をはじめとする熊大情電の先生方、共同研究者のみなさん、学生のみなさん、X(Twitter)のみなさん、引き続きよろしくお願いいたします。

そして9月1日以降は、機械数理工学科の先生方にお世話になります。新しい環境で学ぶことも多いと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。


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自己紹介

岡島 寛(熊本大学大学院先端科学研究部 教授)

制御工学の研究をしています。モデル誤差抑制補償器、状態推定、量子化制御、マルチレートシステム制御など。

研究室HP 岡島研究室(システム制御 control-theory.com)

制御動画ポータルサイト 制御工学チャンネル(伝達関数・状態方程式・MATLABなど)

電気動画ポータルサイト 電気電子チャンネル(半導体・電気・電子工作など)

YouTube 制御工学チャンネル(制御YouTubeチャンネル)

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