離散時間システムの安定性解析
制御系の設計において、システムの安定性は最も基本的かつ重要な特性です。連続時間システムでは特性方程式の根(極)が複素平面の左半面にあるかどうかで安定性を判断しますが、離散時間システムでは安定性の判断基準が異なります。本記事では離散時間システムの安定性と、極配置による制御系設計について解説します。関連動画は最下部に置いています。
執筆者情報:岡島 寛 (熊本大学工学部情報電気工学科准教授,Web, YouTube)約20年教員をやっています。モデル誤差抑制補償器,状態推定,量子化制御など制御工学の研究をしています。
連続時間線形時不変システムとその離散化: シフト形式表現とデルタ形式表現 - 制御工学ブログ
離散時間システムの安定性
離散時間システムの状態空間表現は一般的に以下のように表されます。
\begin{eqnarray} x[k+1] &=& A_d x[k] + B_d u[k] \\ y[k] &=& C_d x[k] + D_d u[k] \end{eqnarray}
ここで、は状態ベクトル、
は入力、
は出力を表します。離散時間システムの特性を理解するためには、システムの極と呼ばれる特性方程式の根を調べることが重要です。
極と安定性の関係
離散時間システムの安定性は、システム行列の固有値(すなわちシステムの極)によって特徴づけられます。連続時間システムとは異なり、離散時間システムが漸近安定であるための必要十分条件は、すべての極の絶対値が1未満であることです。つまり、すべての極が複素平面上の単位円の内部に存在する必要があります。
離散時間システムの極(
)に対して:
- すべての
に対して
ならば、システムは漸近安定です。
- すべての
に対して
であり、かつ
である極が単根(重複度が1)ならば、システムは安定(ただし漸近安定ではない)です。
- 少なくとも一つの
に対して
であるか、
である極が重根ならば、システムは不安定です。
Z平面における極の位置
連続時間システムでは極は平面上にプロットされますが、離散時間システムでは
平面上にプロットされます。
平面において:
- 単位円の内部(
): 安定領域
- 単位円上(
): 限界安定領域
- 単位円の外部(
): 不安定領域
以下の図は平面における安定領域を示しています。
極配置による制御系設計
離散時間システムにおいても、極配置は重要な制御系設計手法の一つです。連続時間システムと同様に、状態フィードバックにより閉ループシステムの極を望ましい位置に配置することができます。
状態フィードバックによる極配置
離散時間システムが可制御であるとき、状態フィードバック
\begin{equation} u[k] = -K x[k] + r[k] \end{equation}
を適用すると、閉ループシステムは
\begin{equation} x[k+1] = (A_d - B_d K) x[k] + B_d r[k] \end{equation}
となります。ここで、はフィードバックゲイン行列、
]は参照入力です。
閉ループシステムの極はの固有値によって決まります。システムが可制御であれば、適切なゲイン行列
を選ぶことで、閉ループシステムの極を任意の位置に配置することができます。
離散時間システムにおけるフィードバックゲインの設計手法
離散時間システムのゲイン設計には、主に次の手法があります。
- 直接的な手法: 特性多項式の係数比較による方法
- Ackermanの公式: 可制御行列と望ましい特性多項式を用いる方法
- 離散時間LQR(線形二次レギュレータ): コスト関数を最小化することで最適なゲインを計算する方法
例として、Ackermanの公式を用いたゲイン計算方法を示します。
\begin{equation} K = \begin{bmatrix} 0 & 0 & \cdots & 0 & 1 \end{bmatrix} W_c^{-1} \phi(A_d) \end{equation}
ここで、は可制御行列、
は望ましい特性多項式
を
で評価したものです。
連続時間と離散時間の設計の比較
連続時間システムと離散時間システムの極配置による設計には、いくつかの重要な違いがあります。
- 極の安定領域: 連続時間では虚軸の左側(
)、離散時間では単位円の内部(
)
- 応答特性: 連続時間の極
と離散時間の極
の関係
- サンプリング周期の影響: 離散時間システムでは、サンプリング周期が長くなると制御性能が劣化する可能性がある
- 離散化による零点の変化: 連続時間システムの離散化により、不安定な零点が生じる可能性がある
極配置の例
例として、次の離散時間システムを考えましょう。
\begin{eqnarray} x[k+1] &=& \begin{bmatrix} 1.2 & 0.5 \\ 0 & 0.8 \end{bmatrix} x[k] + \begin{bmatrix} 1 \\ 0.5 \end{bmatrix} u[k] \\ y[k] &=& \begin{bmatrix} 1 & 0 \end{bmatrix} x[k] \end{eqnarray}
このシステムの極(の固有値)は
と
です。
であるため、このシステムは不安定です。
ここで、閉ループシステムの極をと
に配置したいとします。
まず、可制御行列を計算します。
\begin{equation} W_c = \begin{bmatrix} B_d & A_d B_d \end{bmatrix} = \begin{bmatrix} 1 & 1.2 + 0.5 \cdot 0.5 \\ 0.5 & 0.8 \cdot 0.5 \end{bmatrix} = \begin{bmatrix} 1 & 1.45 \\ 0.5 & 0.4 \end{bmatrix} \end{equation}
より、システムは可制御です。
望ましい特性多項式は
\begin{equation} \phi_d(z) = (z - 0.6)(z - 0.7) = z^2 - 1.3z + 0.42 \end{equation}
システム行列の特性多項式は
\begin{equation} \phi(z) = (z - 1.2)(z - 0.8) = z^2 - 2z + 0.96 \end{equation}
これにより、フィードバックゲインを計算します。閉ループシステムの特性多項式は
\begin{equation} \det(zI - (A_d - B_d K)) = z^2 - (2 - k_1)z + (0.96 - 1.2k_1 - 0.5k_2) \end{equation}
望ましい特性多項式と係数比較すると
\begin{eqnarray} 2 - k_1 &=& 1.3 \\ 0.96 - 1.2k_1 - 0.5k_2 &=& 0.42 \end{eqnarray}
これを解いて
\begin{eqnarray} k_1 &=& 0.7 \\ k_2 &=& 0.6 \end{eqnarray}
よって、フィードバックゲイン行列はとなります。
まとめ
本記事では、離散時間システムの安定性、極配置による制御系設計について解説しました。離散時間システムと連続時間システムでは安定性の条件が異なり、離散時間システムでは極が単位円内にあることが安定性の条件となります。
離散時間システムの設計では、サンプリング周期の選択も重要な要素となります。サンプリング周期が短いほど連続時間システムに近い応答が得られますが、あまりに短すぎるとサンプリング間隔のばらつきによる影響や計算負荷の増大などの問題が生じます。
極配置法は離散時間システムの制御において強力なツールですが、実装においては離散化による零点の変化やサンプリング効果なども考慮する必要があります。状態フィードバックによる極配置だけでなく、オブザーバを用いた状態推定と組み合わせることで、より実用的な制御系を構築することができます。
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